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吉田秀和氏没後一年、そして梅雨入り。 [日々の記録]

風に揺らぐ木々の葉が見える。
庭の木も、少し離れた林の大きな木も、
海の近くの小山の木々、それは霧雨にすこし霞んで見えるけれど、
窓から見えるそれらは、みんな風に揺れている。

でも、妙に静かだ。
ウグイスやほかの小さな鳥たちのさえずり、
それとカラスの啼き声も、今日はおとなしい。
一週間前、光はもっと強く、鳥のさえずりももっとはっきり耳に届いていたのに。
そして、耳を澄ませば、海の方から吹いてくる風の気配も感じる。
が、空気全体が静かなのだ。
この落ち着いた静けさが、梅雨に入ったしるしなのかもしれない。

20130530_green.jpg


吉田秀和氏が亡くなってから、一年が過ぎた。
当時は引っ越し準備の真っ最中だった。
氏の本はもちろん捨てたりはしないけれど、
諸々が落ち着いてから読みなおそう、と、淡々と段ボール箱に詰め込んでいた。

引っ越し荷物は、もちろんしかるべきところに、いまは落ち着いている。
そのなかから、久しぶりに『LP300選』(文庫版)を引っぱり出した。
全集にももちろん納められているが、ハードカバーの単行本は重く大きい。
折に触れて手にしたのは、もっぱらこの文庫版の方だった。

第一曲目は「宇宙の音楽」、レコードなし。
そこから始まり「二十世紀の音楽」までの、いわば西洋音楽の名曲ガイド。
ただし、これはたんなるガイドとは言えない。
音楽の歴史をひもときながら、その底にあるもの、
強いていえば、音楽の本質を問いかける吉田氏の音楽観そのものを、
表したものなのだ。

   ・・・私は、三〇〇曲の音楽を選んだけれど、その
   ほかに、鳥の声や風や波の音は、絶対に欠けてはな
   らないものだ。また、大都市の夜や明け方のさまざ
   まなものの響きも、もしなくなってしまったら、私
   は、ひどくものたりなく思うだろう。音楽は、やは
   り、そうしたものの中に、つつまれながら、しかし、
   それ自体で完結した建物として、あるべきものだ。
           〜『LP300選』エピローグより〜

吉田氏の文章が、音楽とは何か、演奏を聴くとは何か、さらには表現とは何か、
そんなことを考える支えになったのは確かなこと。
氏の文章に初めて出会ってから、そろそろ四十年近くの時が経つ。
その月日のなかで、自分のなかの何が変わり、何が変わっていないのか、
そんなことを想いながら、また読んでみよう。
梅雨の静けさは、読書にはちょうど良い季節かもしれない。

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コメント 12

mimimomo

こんばんは^^
お若い頃に素晴らしいご本に巡り会われたのですね。
今に至るまで大事に取っておいてそれを読み返される。わたくしは深い読書を
しなかったのかもしれない。
by mimimomo (2013-05-30 19:37) 

ミモザ

こんばんは!
その後、お元気でしたか。介護は続いているのでしょうか。
私もe-g-g さんのように質のよい読書がしたいと思いました。
そういえば、おっしゃるように、梅雨入りした頃からどことなく
静かになったように思います。淋しいくらいに。。。
これが明けたら光が燦々と輝く賑やかな季節が到来
するのでしょうね(^o^)
by ミモザ (2013-05-30 21:08) 

kazenotomo

e-g-gさんの文章が僕には
まさに一巻の詩にでした。
吉田秀和氏への鎮魂歌そのものに感じました!

by kazenotomo (2013-05-30 22:11) 

takenoko

雨の日、静かに音楽を楽しむのも良いですね。
by takenoko (2013-05-31 05:39) 

よしあき・ギャラリー

高潔な感性とでも言えば良いのでしょうか
しばし立ち止まって
目を瞑る必要性を感じました。
by よしあき・ギャラリー (2013-05-31 05:49) 

いろは

おはようございます^^
確かに今年の春から初夏にかけては、何かと忙しい日々でした。
私の場合は植木の世話で...(^^;
でも雨が降ると、すこしゆっくりとした時間がとれるような気がします。
読書したり、音楽を聴いたり...と。
何かとお忙しい事と思いますので、どうぞお身体ご自愛くださいませ。
by いろは (2013-05-31 06:48) 

engrid

空気全体の静けさ、、
しっとりした朝、
慌ただしさを、和らげる朝です
by engrid (2013-05-31 07:07) 

e-g-g

◎mimimomoさん
>深い読書・・・
ワタシも恥ずかしい限りです。
でも、吉田氏の本はほんとうに出会って良かった、と思います。

◎ミモザさん
お気遣い、ありがとうございます。
母は、ケアマネージャーさんも驚くほどの快復ぶりです、
今のところは順調。でも、この先がありますね、、、
こちら、今日は梅雨の晴れ間で陽差しが眩しくて、
読書よりもおもて遊びの気分です。

◎kazenotomoさん
過分なコメント、ありがとうございます。
去年は、吉田氏の逝去と当方の引っ越し騒ぎが重なってしまい、
落ち着いて思い返す余裕がありませんでした。
氏については、書きたいことがまだまだ沢山あります。

by e-g-g (2013-05-31 14:42) 

ponnta1351

1年ですか・・・。
確かホロヴィッツのピアノ演奏をひびが入っていると評して有名でしたね。
by ponnta1351 (2013-05-31 16:52) 

e-g-g

◎takenokoさん
梅雨空は鬱陶しくもありますが、気持ちも落ち着きますね。
さて、どんな音楽を聴きましょうか?

◎よしあき・ギャラリーさん
>高潔な感性
吉田氏の文章はまさにそのとおりですね、
それでいながら、
ものの見方や考え方をやさしい言葉で表現する力、
凄いものだ、と思います。

◎いろはさん
お気遣いありがとうございます。
しばらく気の急くことが続きました。
でも、いまはちょっと一段落です。
読書、音楽、それと絵も、
雨降りの静けさを有効に使いたいですね。

by e-g-g (2013-05-31 18:33) 

e-g-g

◎engridさん
静かな朝、賑やかな朝、明るい朝、
さまざまな朝の表情は、季節と暮らしのアクセントですね。

◎ponnta1351さん
ホロヴィッツ事件ですね、1983年のことでした。
「骨董」の定義など、いまでもいろいろと問題を含んでいると思いますが、
当時の日本の聴衆の熱狂に向けて
「ただ熱狂するだけで良いの?」という問いかけでした。

by e-g-g (2013-05-31 19:57) 

tree2

「聴く」とは、こちらの心の在りようを問われること。と、痛感します。
by tree2 (2013-06-29 13:33) 

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