SSブログ

鎮守の森はエライ! [山・里・田園]

 ナニが偉いといって鎮守の森ほどエライものは無いんじゃないかと思う。中年以上の多くのオジサンとオバサンにとって、鎮守の森は幼い頃に外遊びを覚える恰好の場所だった(と思う)。そこに神様がいらっしゃるなんていう感覚はお正月と秋のお祭りのときくらいしか持たなかったけれど、ま、圧倒的に楽しい遊び場だったんですね。(またも長文)

 ボクがいちばんよく遊んだ鎮守の森は、祠が小高い丘の上にあって、その丘を万遍なく木が覆っていました。一番下の鳥居の横には小さな池があって、その奥の方に洞窟があったんです。この洞窟、なんでも戦争中は防空壕代わりにも使われていた、と大人達が話していましたね。洞窟だから奥の方は当然暗い、これがけっこう怖かったですね。肝っ玉の座った奴は、筏を作って探検しましたが、そんな度胸を持ち合わせていなかったボクは、いつもそばでハラハラどきどきしながら見てましたけどね。

その鎮守の森のある神社がこれ↓ 横浜・上大岡の鹿島神社。

 お山の大将というのがいて、ガキ大将とも呼ばれたりしますが、ま、その子どもグループのなかでいちばん強いヤツ、だいたいは小学生の高学年の体格の良いのがなってました(学力は問わず)。その大将が、その日の遊びを仕切るわけですね、“今日は少年探偵団やるゾーっ!”とかとか。
 もちろん仲間から離れて、一人で遊ぶこともあります。(いじめられたわけでもないけれど、子どもにも一人になりたい時っていうのはあるもの)いろんな木を見たり、触ったり、葉っぱを集めたり、、、そんなときは子供でも、なんとなく心落ち着いた気持ちにもなったものです。

 ときには、木から落ちたり、滑りやすい(鎮守の森は、なぜかいつも湿っている)斜面から転げたり、たまには池に落ちたり。こうった失敗は数知れず、というよりそのミステイクを前提にして遊んでいたのですね。だから、一日遊び終わると文字通り泥だらけ。

 そんなこんなで鎮守の森は、幼少期のボクたちにとっては魅力的な遊び場であり、トレーニングジムでもあり、自然教育の場でもあったのです。 ま、森の生活の事始めです。

 大人になるにつれて、鎮守の森の良き思い出はだんだんと脳のいちばん奥の方に押しやられます。遊びも仕事も大人仕様に、これはだれでもそうなっていく、ひとつのパターンです。
 で、すっかり忘れた頃に、ふと“そういえば鎮守の森っていいなぁ”と気づいたりするんですね。もちろんそんなことに気づかない人もいまして、誰でも気づかなければイケナイ、なんていうものじゃない。ボクの場合は、たまたま古生代脳細胞の一部がなにかの弾みで反応してしまった、と、そういうことです。

 そうなると、鎮守の森の存在が、俄然気になってくる。たとえば普段から良く知っている街では、これまで気付かなかった鎮守の森をしつこく探す。どこかへ出かけても“あっ!あの「こんもり」はもしや・・・”などと。そんなことを繰り返していると「こんもり」探しもだんだんと上手くなる。数種類の木が混じり合って、それも自由に伸びて息苦しいところがない(これはきちんと植えられた都市計画的樹木との違いです)。こういうところが、住宅街(でなくても良いが)の屋根の上にポコっと顔を出していたら、ほぼ八割がたは鎮守の森ですね。

 ところで、鎮守の森は古いものが多い、だから歴史がありますね。だいたい神社自体が、その昔にできたわけで古いのは当然です。その古い鎮守の森を「森林」としてみると、その地域にもともとあった木々が植えられていることが多いらしい。ま、これも当然で、そうでなければその地に育たないし、森にもならない。そうやって自然に出来上がったものを『潜在的自然植生』と呼ぶのですね。だから、ひとつの鎮守の森の木々を調べると、その地域がその昔どんな有様だったかを知る手がかりにもなるという。(このあたりのことはWikipediaあたりで調べると直ぐに分かること。上の見解?もボク独自のものではまったくない)
 ただ、こんなことを知ると、鎮守の森の持つ懐かしや優しさが、それとなく納得もできるのです。* 建てられてから100年も経っていないのに明治神宮の森は立派なものです。あれを見ると、初めは人工林でも、100年経てばあんなに見事な森になるのだ!と思います。

 さて、緑に恵まれたところに住んでいる人にはピンとこないかもしれないが、コンクリートに囲まれた都市生活者は、本人の自覚以上に緑に飢えている。鎮守の森は、その飢えを癒してくれる貴重な存在なのです。
 街には街の、山には山のそれぞれ事情があって、守っていくのも大変なこととは思うけれど、いま残っている鎮守の森は、やっぱりエライと思うし、この先もずっと元気でいて欲しいと思うのです。なんといっても、森の生活の原点でもありますしね。

□地図
 地図を見ていると、神社仏閣のマークはたとえば東京23区でもずいぶんと多く見つけられます。鳥居と卍のマークが、スッと目に入ってくるようになれば、もう鎮守の森探しの通になれます。このマークを見つけるには、国土地理院の2.5万図などが良いですね。コンビニがどこにあるだとか、地下鉄の出口とかは分かりませんが、見ていると実に面白い。今はインターネットでも閲覧できるので、行きたいところの2.5万図を片端から買うこともない。
 ついでに、自分の住んでいるところの2.5万図(5万図でも良いですけど)を一枚持っていると面白い。エッ!自分の家の海抜って、たったの30メートルなの?とかとか、けっこういろんな発見があるものです。

□蛇足
 豊かな木々といえばお寺もある。これも貴重なもの。ただ、たとえば境内に、そのお寺の経営する保育園なんかがあったりすると、ひとりでウロウロしているオジサンは不審者に見えてしまったり、そういうところではちょっと注意も必要。その点、神社は来るもの拒まず。良いところです。

□ついでに
 あそこの鎮守の森は格別!ここの鎮守の森はあれこれこういう縁起があって、などなど『お薦め鎮守の森情報』がありましたらぜひご一報を! できれば有名神社、観光地化された神社でなく、騒々しくなく、でもあまり寂しげでもなく、そんなのがいいんですけど。
 


nice!(5)  コメント(11) 
共通テーマ:地域

nice! 5

コメント 11

mio

鎮守の森には巨木があり、何百年も生きてきたその巨木には、近寄りがたさと、全てを包み込む寛大さの両方を感じます
木曽に「赤沢自然休養林」というところがあります
森林浴発祥の地だそうです
国有林で、伊勢神宮に御神木を納めていることでも知られていますが、巨木が多く、遊歩道も上手に整備されていて私は好きです
by mio (2006-11-27 21:47) 

kokudoh

私の住む立川のあたりは、まだまだ自然が
残っていますので、こういった古い神社も
ありますね。代表的なのは諏訪神社です。
やはり鎮守の森の木々の多いところです。
立川に住んでいる者なら、誰でも知っている
ところです。
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=Air&nl=35/41/32.362&el=139/24/33.624&scl=10000&coco=35/41/32.362,139/24/33.624

ところで、諏訪神社って、全国的に多いような
気がしますね。諏訪神社の総本山みたいな
ものもあるのでしょうか?
by kokudoh (2006-11-27 22:15) 

kom

ウチで育ててる草木は、近所に元々あったものがほとんどです。よく育ちます。
鎮守の森といっても特別な木があるわけではなく、あるべくしてあるのだなと思ったりします。他になくなってしまったから特別になっているのかもしれませんが。
ウチの近所だと井草八幡ですね。善福寺池も近くで、源頼朝ゆかりの場所です。
by kom (2006-11-27 22:34) 

e-g-g

◎mioさん
巨木はそれ自体も信仰の対象にもなったりしますね。ひとの心持ちのより所にもなっていたのでしょう。物言わぬ巨木は、魅力的です。
伊勢神宮に納めるご神木ですか、、、馬飛びの背にしたら叱られそうですね。

◎takさん
諏訪神社のご案内ありがとうございます。諏訪神社の元締めはたしか、あったような気がしますよ。でも、いまは曖昧な記憶しかありませんので、こんど調べてみましょう。

◎komaさん
とくに都市部の鎮守の森は、まわりが変わった結果として今に残ったパターンと思います。それにしても、高度成長、都市開発、バブル、、、神社の一角だけはよくも残ったもの、という感じもします。(社会制度的な視点での神社のありようといった問題は、ちょっと置いておいて)
井草八幡、目黒からもひとっ走り。行ってみましょう。
by e-g-g (2006-11-28 00:28) 

barbie

ガキ大将・・・学力問わず・・・にniceです。
私の住んでいた近くにも神社がありましたが、鎮守の森という雰囲気ではありうませんでした。その代わり、近くの裏山で野山を駆けめぐっていました。今なら絶対に不可能な御室仁和寺や竜安寺の池の周りも格好の遊び場でザリガニとりなどに興じていました。今ならこのくそガキとつまみ出されるでしょうね(^_^;)
by barbie (2006-11-28 00:32) 

e-g-g

◎barbie さん
読んでいただきありがとうございます。(いつも読み返して、もう少し読みやすくしろよ、と自答しています)
ある時代までは、一芸に秀でていれば子どもは存在を認められましたよね。メンコ、ビー玉、ベーゴマ、かけっこ、ケンカ、女の子だとなんでしょうね、縄跳びくらいしか思い浮かびませんが。とにかく勉強はそこそこ、あるいはそこそこ以下でも、得意技がひとつでもあれば、それでヒーロー、という時代が確かにありました。
barbieさんの記事を拝読していると、つくづくと「西」はいいなぁと思いますよ。とにかく自然と歴史が渾然一体となって、醸しだす雰囲気。これは東、とくに関東は逆立ちしてもかないません。羨ましい限りです。それにしても竜安寺の池の周りででザリガニ採りですか、眼が点になります。。。
by e-g-g (2006-11-28 01:04) 

e-g-g

◎takさん
気になって諏訪神社を調べてみました(といってもWikipediaをちょこちょこっとしただけ)))。
『諏訪神社は、長野県の諏訪湖の両岸にある諏訪大社より祭神の勧請を受けた神社である。諏訪神社を中心とする神道の信仰を諏訪信仰という。諏訪信仰は日本全国に広まっており、諏訪神社の数は全国で約5千社である。』だそうです。ともかく5千というのは凄い数字、この数ならいたるところにありそうですね。ところで諏訪大社といえば御柱祭、いちど見てみたいものです。
by e-g-g (2006-11-28 21:29) 

barbie

オンナの子の場合はやはり容姿でしょうか(笑)少々頭の方が?でもカワイイ子は人気があったように思います。そうでないコはそれなりに勉強やピアノやバレエ、運動会の徒競走などで頑張ってたように思います(笑)西はいいですか?私は京都から出たことがないのであんまり意識はしてませんが、外からの人に対して排他的(よその人をすぐに田舎者よばわりする)で住みにくい土地かも知れません(最近は町中にもマンションなど出来て緩和されてると思いますが)。京都は買い物するには品数もイマイチで中途半端、公共の交通も不便で移動に時間がかかります。でも大人になってゆっくり遊ぶにはいいかもと思い始めてます。
by barbie (2006-11-29 12:31) 

e-g-g

◎barbieさん
> そうでないコはそれなりに・・・
いいですね「それなりに」という言葉。

こういう昔話(失礼!)に出てくる言葉はけっこう時代を映していますね。横浜の田舎で育ったワタシはピアノとかバレエとかは遠い遠い存在でした。小学校の四、五年生までは、存在すら知らなかったです、たぶん。なにしろ通った小学校にあった楽器は足踏み式のオルガンが一台、そこに全校生徒2,600人、そんな時代ですから。ま、それでも、みんなそれなりに育っていましたけど。
西といいますか、歴史のある街はやっぱりイイものですよ。よそ者からの見方ですけどね。東京もそれなりの歴史はありますが、千年も前の歴史はほぼ無いですから、歴史マニアでなくても憧れますよ。
by e-g-g (2006-11-29 16:09) 

まえまえ

鎮守の森探し....良いですね~
自分の町や、近くの町で出来る散策ですから♪
私の自宅周囲ではまだまだ自然がいっぱいですから、逆に探し難いかもしれません(笑)
by まえまえ (2006-12-05 11:18) 

e-g-g

◎まえまえさん コメントありがとうございます
そうですね〜 街のど真ん中の方が探しやすいかもしれませんね。でも、豊かな自然が残っているところでも、鎮守の森ってどことなく周囲とは違う雰囲気を漂わせていますね。ご先祖様が大事に守ってきたんでしょうか?
by e-g-g (2006-12-05 12:12) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。