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曜変天目、成り行きの美。 [絵の周辺と展覧会]

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 金曜日、『茶碗の美 国宝曜変天目と名物茶碗』を見る。
場所は梅も満開の世田谷・静嘉堂文庫美術館。

 目当てはなんと言っても国宝の曜変天目。もちろん約80
点の名物茶碗も、きっと素晴らしいのだろうけれど、それら
も併せて、お茶の素養がまったくない私には、ほんとうの価
値がよくは分からない、猫に小判、いや豚に真珠?

 だから、持ちやすさとか口当たりの感じを想像しながら、
その大きさや厚みを見たり、実際に緑色のお茶が入ったとき
の色のコントラストを想像したり、そんな感じでひととおり
見た。

 満開の梅の拡がりを感じさせるような大振りの油適天目。
茶の世界や焼き物に詳しくなくても、分かりやすいダイナミ
ズムが魅力の織部。雰囲気だけだったら近いものが自宅にも
あるな、と一瞬思わせる楽茶碗。

 そういった名物茶碗を見たうえで、この国宝の「稲葉天目」
の“銀河”にはやはり目を奪われる。もう20年も昔に、岐
阜(と思う)の資料館(いや陶芸館か?)で曜変天目とは偶
然に出会っている。たぶん、復元されたものと思うが、詳細
は定かには覚えていない。(ちなみに、この「復元」すらも
きわめて難しいらしい)
 いずれにしても、そんなものがあることなど知らずに出会
ったその茶碗の内側の、吸い込まれるようなブルーは、いま
でもはっきりと覚えている。世の中にはとんでもないものが
あるものだ、と強く印象に残った。

 今回の主役の曜変天目は、計算しきれない美しさの極みで
あろう。その偶然と必然の混然とした歪みの造形、こういっ
た美の尺度というのは、日本あるいは中国、韓国あたりに特
徴的なものではなかろうか?
 これはいってみれば、成り行きの美。成り行きというと語
感は悪いが、あるところまでは人の知恵や技術をとことん追
求する、しかしその先の人智の及ばないところは、たとえば
火や土や木といった自然の力に、その成り行きをまかせる。
その結果生まれたものに美を見いだす。だから積極的成り行
きである。

 こういった感覚はヨーロッパの造形には少ないと思う。た
いへん大雑把ではあるけれど、ギリシャ・ローマ美術にして
も、ゴシック様式にしても、その他諸々のヨーロッパの造形
には、自然は人間がコントロールするものという強い意志が
色濃く感じられる。音楽で言えば、バッハにしてもベートー
ヴェンにしても、その典型と思う。
 そんなことを考えながら目の前の茶碗を見ていると、しみ
じみと自然の力と人の知恵の融合が極東アジア圏の美の、ひ
とつの到達点なのだと思う。

 もちろん南宋時代の「青磁茶碗」のように端正に整った茶
碗もある。そんな「形を整える意志」を感じるものもあるが、
やはり目につくのは、ちょっと「いびつ」な茶碗である。と
くに桃山時代、江戸時代を通しての楽焼には、その傾向が強
く現れている。見た目の端正さを追求するよりも、たとえば
作り手の手の動きをとどめたり、あるいは持ちやすさ?を考
えてのことなのか。その微妙に歪んだあるいは歪ませた造形。
その真意は、美の基準はどこにあって、どうやって育まれた
のだろう?

 黒織部の茶碗がふたつ展示されていたが、『うたたね』の
銘のあるものなど、その三方から押されてできた口のカタチ
などを見ていると、これは偶然の美というよりは、かなり意
図的である。その意図が行き過ぎると、きっと下品になるの
だろう。このあたりはヨーロッパのバロックの成り立ちなど
と相通じる表現の必然、そんなことも予感させてくれて、こ
れは楽しい。

 曜変天目の美しさは、緻密に計算設計されたうえの輝き、
と図録を読むと分かる。この輝かしくも神秘的な「曜変」は
成り行きなどと一言では片付けられない凄みを放ちながら、
目に迫ってくる。ほんとうにこんなものが窯を開けて出てき
たのだろうか?とさえ思う。
 そこに居合わせた人は、その後どんなものをどんな風に作
り続けたのか、そんなあらぬ方面まで関心が湧いてくる。

 歪みと呼ぼうが成り行きと見ようが、いずれにしても茶碗
の美の芯は、そのまま茶の世界の核心に繋がっているのだろ
うと想像する。なかなか入口の遠い茶の世界ではあるが、茶
碗の造形から入っていくのもひとつの道か?などと夢想しな
がらのひとときだった。

 ともかく天上的な宝物を見せてもらったが、それにしても
こんなものを個人で所蔵していたなんて、なんと羨ましい。
見ようとも思えばいつでも見られる、、、地上で味わえる最
高の贅沢のひとつではないだろうか。


 気になることが、ひとつあった。それは、ライティング。
今回の展示のライティングはほとんどが真上からのフラット
な照明だった。資料的価値が高く、色合いや形を過不足なく
見るべきものは、それでも良いと思う。

 ただ、たとえば曜変天目などを見ていると、もっとドラマ
ティックに見せても良いのではないか?とも感じた。たとえ
ば茶室の中の光りの感じとはどんなものだろう?まさか室の
天上の真ん中に蛍光灯、ということは無いだろう。どちらか
といえば少し暗めかもしれない、そこに障子を通した外光が
フワッと差し込む、そんなイメージがある。とすれば、茶碗
に当たる光も万遍なく照らされるのではなく、「ある方向」
からの微妙な光りと思う。
 ひょっとしたら影になった部分などは、かなり暗く落ち込
んで見にくいかもしれない。でも、たぶん、そんな微妙な光
り感を念頭にして、つくられるのが茶碗ではないかと思う。
そして、そこに生まれるイメージは、きっとかなりドラマテ
ィックなものだったろう、と想像はできる。
 そんな「見え方」をおおぜいの人が見る展示の場に求める
のは無理があるかもしれない。そんなドラマ性などより、正
確にキチッと見たい、というニーズも高いと思う。

 それでも、ほんとうに底の方まで吸い込まれるような曜変
天目を見ていると、ライティングひとつで、もっともっと凄
まじくなるのに、と思ってしまう。去年の暮れに見た「ティ
ファニー展」の、計算の行き届いたライティングまではいか
なくても、「見せ方」はもっとあると思う。こういった展示
のライティングディレクターの必要性を強く感じた。


 静嘉堂文庫所蔵の茶碗の展示があることはうすうす知って
いた。でも いろは さんに曜変天目!と教えていただかなかっ
たら見逃していたかもしれない。とてもありがたいお知らせ
でした。いろはさん、ありがとうございました。


展覧会は3月23日まで。
昨日は平日のそれも美術館に入ったのが午前中、
さほどの混雑ではなかった。
それでも、私が帰るのと入れ違いに駐車場には大型の観光バス、、、
行くなら土日は避けた方がよさそう


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meguropolitan

上野『近衛家1000年の名宝』も予想以上の人出でしたよ!
名宝も名物も美術、工芸品も21世紀の今日には見尽くせない
ほどありますね。そんなにいるのかなぁ!?
人垣からケースの中を覗き見するのは大変ですが、お気楽に
数多の名品を鑑賞できる立場の我々は幸せでしょうね。
これらを後世に伝えていくのは、命がけ以上の仕事でしょう。
であるなら、利休のように新しい価値観を創出していくことに
命をかける方が現代人にとっては解りやすいかもしれません。
まあ、いずれにしろ美以外のパワーが取り除かれた今日の方が、
束の間でも、モノとして純粋に対峙できるのかもしれませんね。
もしかしたら付け焼き刃の教養などもいらないのかもしれない。
その時、頭のなかを今日のような春一番が吹き抜けるような
鑑賞者でありたいですね。
by meguropolitan (2008-02-23 21:03) 

とても美しい蒼ですね。
漆黒に浮かびあがる瑠璃星の宇宙みたいでもあり、
闇の海に浮かぶ・・・油のようでも・・・
丸い感じは・・・肉球のようでもあり・・・^^; 
この程度の猫に真珠で豚に小判・・・
すみませんm(_ _)m   初めて見ました・・・出直します。。。
by (2008-02-24 16:07) 

いろは

こんばんは^^
「茶碗の美」展にいらっしゃったのですね♪
e-g-gさんの感想を拝読させて頂いて、素晴らしいと思いました。
私にはこのような素敵な表現は出来ませんので(^_^;)
以前ご覧になった事がおありとか・・・もしかしたら、藤田美術館ではないでしょうか?あともう一つは大徳寺にあるそうです。
ライティングは私も気になりました。
以前見た時はもう少し高い位置で見るようになっていました。
そしてライトもあのように強くは無かったと思います。
今回、ちょっとがっかりしたのです(^_^;)
少し軽い感じになっていましたね。
でも世界一のお茶碗には変りありませんね♪
by いろは (2008-02-24 20:05) 

e-g-g

◎meguropolitan さん
「近衛家1000年の名宝」は、気がつけばオワリの典型で、
昨日で終了、、、
ほんとに次から次へと、出てくるもの。
それぞれ中味は濃いとは思うものの、
なんとなく美の消費の気分です。
名宝・名品・美術・工芸コンビニ化?
まぁ、贅沢な悩みとも言えるけれど。

>束の間でも、モノとして純粋に対峙

そうありたいものです。
頭からいろんな邪魔者を追い払って、ね。

◎こぎんさん
ワタシも、ネコの肉球に見えましたよ。
柔らかそうで、愛嬌があって。
で、とっても美しかったです。
ウチのネコに見せてやりたやネコに天目
by e-g-g (2008-02-25 11:37) 

e-g-g

◎いろはさん
ご案内、ありがとうございました。

素敵な表現などと、とんでもありません。
長々しく理屈っぽい記事です、
もう少し簡潔にまとめるべき、といつも反省です。

以前に見たものが、どの曜変天目なのか、
いまだに不明です。
仕事の取材で見ましたので、
そのときのメモが残っているとは思うのですが、
さて、そのメモは何処に、、、状態です。

ライティング、いろはさんもそう感じられましたか。
明るさや当てる角度をほんの少し変えるだけで、
まったく違う世界が現れますからね、
ちょっと残念です。
でも、会期中にもう一度見たいと思ってます。
by e-g-g (2008-02-25 11:38) 

e-g-g

◎はっこうさん
◎takagakiさん
◎一真さん
◎きぃ*さん

お立ち寄り、ありがとうございます。
by e-g-g (2008-02-25 11:39) 

berry

遅くなりました . . . (^^;
最初の写真は宇宙空間かと . . . ん?(笑)
お茶碗だったのですね。それも銀河。やはり銀河。宇宙ですよ。
見てみたいですね。素晴らしいです。
ブルーは絵付けの世界(東洋、ヨーロッパ)では、最高の色だと思っています。
by berry (2008-02-27 19:34) 

mamire

私も茶器についてはまったく分かりませんが、曜変天目の青には吸い込まれてしまいそうです。
古の方がどんな思いで釜を開けたのかと思うと、どきどきしてしまいます。
義母が長く陶芸をしていますが、釜を開ける日はとてもそわそわとして出かけます。
帰ってきたときの様子で、思う色が出たかどうかが分かるほどです。
ライティングの工夫で、見える色もずいぶん違うのでしょうね。



by mamire (2008-02-28 16:24) 

e-g-g

◎berryさん
このブルーの色合いは別格のような気がします。
とにかく深い深いブルーです。

>ブルーは絵付けの世界(東洋、ヨーロッパ)では、最高の色だと思っています。
アジアからヨーロッパへ、そしてまたアジアへ、
藍や青の往来は、ほんとうに興味深いですね。

by e-g-g (2008-02-29 03:54) 

e-g-g

◎mamireさん
直径たった12cmくらい(だったかな?)と小さいのに、
じっと見ていると、どんどん大きくなるような感じがします。
会場では、みんながそうやってじっと覗き込むので、
人がなかなか動きません。
窯を開けるときのワクワク感、きっと良いものでしょうね〜
ワタシも味わいたい、、、

・berryさん mamireさん
So-net Blogのリニューアル後、
なんだかいろいろと不具合が出て、
なんとログイン状態ではコメント入力欄が無い!
そんなわけで遅い返信、
しかも自分のブログなのにGUESTでの返信になりました。
いったい、リニューアルって、なにしたんでしょうね〜

・・・
その後、いろいろ試してみたら
メインに使っているマックのIEのバージョンが古すぎるようです、
あぁ、これからどう対処すればよいのやら、、、

by e-g-g (2008-02-29 03:59) 

e-g-g

◎納豆(710)さん

◎たねさん

お立ち寄り、ありがとうございます。
by e-g-g (2008-02-29 19:55) 

HEIJI☆

自分も母から曜変天目のことは聞かされていました。
行ってみたいです。
いや、行くべきだと思えてきました。
ちょっと訳あって、ここ1週間ばかり岩絵具とかを触っていたので、急に気持ちがそちらへ向いています。
by HEIJI☆ (2008-02-29 22:11) 

e-g-g

◎HEIJI☆さん
えぇ、これは行くべきです。
ライティングがどうのこうのとか、文句を言ってますが、
やはり実物を間近に見られるのは貴重ですから。
なんて、私は母上様から教えていただかなかったら、
見に行ったかどうか、、、
それと、できることなら、好きな時にいつでも見たいものですけれど。

岩絵の具ですか、いいですね~
色はいつも扱ってますけど、ほとんどコンピューター上の操作です。
絵の具の持つニュアンスを忘れたくないものです。
by e-g-g (2008-02-29 22:40) 

masa

初めまして!
天目茶碗は毎年見逃していたので、、今年こそ!行ってきます!
でも、平日行けないんです。。観光バスまで来ているなんて。
驚きです。
情報ありがとうございましたm(__)m
by masa (2008-02-29 23:23) 

響

1枚目の模様は何かと思えば
陶器の色ですか?
狙って出せる色じゃないですね。
魂を込めて焼いて窯から出てきた時の
感動が伝わってきそうな作品です。
by (2008-03-01 11:40) 

e-g-g

◎masaさん
はじめまして niceとコメントをありがとうございます。

そうですね~ 週末はけっこう混んでいるかもしれません。
でも、見る価値はあると思います。
「気迫」で一番前に行って、ご覧になってください。
by e-g-g (2008-03-03 20:50) 

e-g-g

◎響さん
焼き物が炎の温度やその他もろもろの要因で変化するのは、
理屈では分かりますが、
でも、なんとも奥深いものですね。
焼く前にある程度の計算はしていたかもしれませんけどね、
やっぱり物凄い驚きでしょうね。


by e-g-g (2008-03-03 20:54) 

e-g-g

◎ハイマンさん
こちらへも、nice、ありがとうございます。
by e-g-g (2008-03-11 18:15) 

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