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さ、絵を描こう。 [絵の周辺と展覧会]

20110706_teradatorahiko.jpg

昨日までとは比べものにならない日差しの強さ、
関東地方も梅雨が明けたらしい。
青く高い空を眺めていると久しぶりに外でスケッチでも、
否、秋が来て涼しくなってからにしよう。

   「絵をおかきになるなら、向こうの原っぱへおいでに
  なるといい所がありますよ」と教えられたままにそのほ
  うへ行ってみる。

           <中略>
  いわゆる原っぱへ出ると、南を向いた丘の斜面の草原に
  は秋草もあれば桜の紅葉もあったが、どうもちょうどぐ
  あいのいい所をここだと思い切りにくいので、とうとう
  その原っぱを通り越して往還路へおりてしまった。
           <中略>
  しかしもう少しいい所をと思って歩いているうちに、と
  うとうぐるりと一回りして元の公園の入り口へ出てしま
  った。
           <中略>
   秋の日がだんだん低く落ちて行った。あまりゆるゆる
  していては、せっかくここまで来たのに一枚もかかずに
  帰る事になりそうなので、行き当たり次第に並み木道を
  左へ切れていって、そこの甘藷畑の中の小高い所にとも
  かくも腰をかけて絵の具箱をあけた。なんとなしに物新
  しい心のときめきといったようなものを感じた。それは
  子供の時分に何か長くほしがっていた新しいおもちゃを
  手に入れて始めてそれを試みようとする時、あるいは何
  かの研究に手をつけて、始めて新しい結果の曙光がおぼ
  ろに見え始めた時に感じるのと同じようなものであった。
  天地の間にあるものはただ向こうの森と家と芋畑とそし
  て一枚のスケッチ板ばかりであった。
          (寺田寅彦『写生紀行』より一部抜粋)

20世紀の大物理学者も、
21世紀のごく普通の日曜絵描き(のつもり)も、
心持ちだけはけっこう近いのだ、と、妙に共感を覚える一節。

スケッチブックを抱えながら、うろうろ歩き回り、
結局もとの場所に戻ってしまう、良くあることだ。
ここだ!という場所に出会えないときは、
自分の目の甘さも気になってくる。
風景の読み方がなってないんだなぁ、、、と自問。

ここまで来て描かずに帰れるか!
という欲張り根性も顔を出す。
でも、そんなときは風景を見る目も、
ちょっと狂っているかもしれない。
ほんとうは大した風景でもないのに、
良く見てしまおうとする、まぁ錯覚というか。

それでも、真っ白なスケッチブックを開いて
鉛筆の芯を削ると、
 “なんとなしに物新しい心のときめきと
 いったようなものを感じ”るのである。


『写生紀行』
寺田寅彦随筆集 第一巻・岩波文庫
(初出は大正11年(1922年)、中央公論)
青空文庫でも 
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コメント 21

旅爺さん

寺田寅彦を読んでいたのはもう50年も前なので
懐かしいけどすっかり忘れてしまいました。
by 旅爺さん (2011-07-09 15:42) 

e-g-g

◎旅爺さん
寺田寅彦は高校時代にほんの少し読んだのを除けば、
私にはずいぶんと遠い人でした。
去年、思い立って買い求めましたが、
何年か前にNHKのラジオで聞いた『花物語』の朗読がきっかけです。
by e-g-g (2011-07-09 17:22) 

mimimomo

おはようございます^^
絵画に限らず、そう言うことってありますね~
写真もそうですし。
子供のころは新しいものを買ってもらうと嬉しかった^^ たとえ消しゴムひとつでも。
今の子たちにはない感情かもしれません。
by mimimomo (2011-07-10 05:16) 

よしあき・ギャラリー

本来、絵描きはこの姿勢でなければいけないのだな~
と、横面を張られた気分です。^^;
毎日、義務感で描いているような者は、恥じ入ってしまいます。^^;
by よしあき・ギャラリー (2011-07-10 06:12) 

扶侶夢

>ほんとうは大した風景でもないのに、良く見てしまおうとする、まぁ錯覚というか。

こういった感じ、時としてありますね。
変な意気込みと義務感がありすぎて、誇張をしてしまう…
自然に湧き出る演出と、作為的な捏造は、まったく別物なのですが
その分別がつかないのは、良くない状態のときですね。
by 扶侶夢 (2011-07-10 14:42) 

タックン

この表紙の絵は寺田寅彦さんの絵なのでしょうか。
寺田寅彦さんの随筆はいいよと薦められながら
まだ読んでいません。
 なんとなしに物新しい心のときめき・・・
いいですね~^^
by タックン (2011-07-10 17:12) 

e-g-g

◎mimimomoさん
写真も同じですね。
撮ろう、描こうという意識が強すぎると、
対象を外側だけからしか見ない危険がありますね、自戒です。

◎よしあき・ギャラリーさん
それでもやはり描かないと話が始まりませんヨ
描いて失敗してまた描いて、
その積み重ねしかないですよね。

◎扶侶夢さん
その風景や対象が、ごく自然にすっと目に入ってくる、
そして無理なく描ける、
いつもそうありたいものですが、いろいろと煩悩が・・・
やはり人間力?の積み重ねでしょうか?

◎タックンさん
絵は“木下杢太郎『百花譜』”とカバーにありました。
すごく素直な描写です。
私は知らない人物と絵ですが、
同じ岩波文庫にあるようですから、ちょっと見てみたいですね。
寺田寅彦の随筆の評価は、もうずいぶんと語られていますが、
私にとっては、その幅の広さも魅力です。
今の時代からは、ちょっと退屈するものもありますが、、、

物新しい心のときめき・・・
暑さでちょっと萎えてます。

by e-g-g (2011-07-10 19:38) 

ナツパパ

明けたらびっくりの日差し、早くも夏バテの予感です。
こういうときはムリをせずにゆっくり行きましょう。
なぁに先方だって待っててくれますよ。
by ナツパパ (2011-07-10 21:57) 

海を渡る

おはようございます。
これからの季節、昼間外に出るのが大変ですね。
私も、夏の写真は少ないようです。
写真を取りに出る機会が少ないと、
ついつい無理をして撮ろうとしてしまいます。
そういう時は、いい写真が撮れないですね。
by 海を渡る (2011-07-11 08:31) 

せつこ

寺田寅彦…久しぶりに聞いた名です。
始まったばかりの夏、心配しております、今年の夏は、どうなるのでしょうね。
絵心のある人は、素敵です。
by せつこ (2011-07-11 09:11) 

いろは

こんにちは^^
絵を描かれる方のお気持ちが、少し解ったような気がいたします。
「心のときめき」いつまでも失いたくないものです。
写真も同じように、良く見せようと思わずに、素直に写すのが良いのかも知れませんね。
by いろは (2011-07-11 15:01) 

風子

寺田寅彦・・・とても懐かしい名前
いつ頃聞いたのか?
どんな時に聞いたのか?忘れました。(笑)

この猛暑ではスケッチし終わる前に、倒れてしまいますね。
涼しくなってからが無難ですよ♪
by 風子 (2011-07-11 16:15) 

e-g-g

◎ナツパパさん
梅雨明け十日は良い天気と言いますが、
容赦のない日差しですね、
涼しくなるまで我慢です。

◎海を渡るさん
カメラを持って出かけると、つい何か撮ろう!
と思ってしまいますね。
注意深く見つめるというのは良いことなんですけどね、、、
私もずっと写真を撮り続けてきましたので、
よく分かります。

◎せつこさん
寺田寅彦は私も教科書の中の人、
“天災は忘れた頃にやってくる”という言葉で
かろうじて記憶の隅にインプットされているくらいです。
(実際にはこの言葉は著書には無いそうですが)
ところで絵心ですが、まずは暑さに負けない体力ですね。

◎いろはさん
絵にせよ文章にせよもちろん写真も、
何かを表そうとすると
多かれ少なかれ抱える気持ちなのでしょうね。
少しでも素直に写し素直に描けるように、
気持ちを整えておきたいものです。

◎風子さん
寺田寅彦、もうずいぶんと昔の人ですからね、
私も、ほとんど何も知らないです。
でも、随筆集はなかなか面白いですよ。

猛暑ですね!
スケッチし終わるどころか、
その場所へ行くまでに倒れそうです・・・
by e-g-g (2011-07-11 21:00) 

よしころん

子供の頃、絵を描くのがとにかく好きで、時間があれば絵ばかり描いていました。
何も考えず、とにかく描いてばかりいました。
あの頃と同じ気持ちは無理でしょうが、思い出してみます。
by よしころん (2011-07-12 07:04) 

SILENT

俳句と地球物理
寺田寅彦著
読みはじめました
ゴミで出されていた寺田寅彦全集全巻目にしてから
面白くて読んでます
by SILENT (2011-07-12 14:51) 

anan

寺田寅彦とは懐かしいです。
中学の時にずいぶん読みました。その後何度か読み返しますが、目の付けどころ、文章、どちらも素晴らしいです。科学者の目で物事の核心をとらえ、平易な文章で真髄を語る。絵もお書きになるとは知りませんでした。天才とは天から何物も与えられるのですね。
by anan (2011-07-12 20:26) 

e-g-g

◎よしころんさん
ノートの余白、教科書の隅、
私もあちらこちらにスペースを見つけ描いていました。
落書きですが熱中していましたね、、、

◎SILENTさん
>ゴミで出されていた寺田寅彦全集・・・
ゴミに出され何処かへ行ってしまうと
その本の命もおしまいですね、なんと勿体ない。
『俳句と地球物理』は読みたいのですが、
いま品切れなんですね、
amazonで中古でも探してみようか、と思っています。

◎ananさん
私、寺田寅彦はまったく知らなかったのですよ、
中学か高校の教科書に載っていたうっすらとした記憶くらいで。
ananさんのように、ずいぶん読んだことも、
もちろん読み返したこともありません。
ですから人生で始めて読むわけで、
じっくりと噛みしめながら味わいたいですね。

by e-g-g (2011-07-13 17:26) 

ももこ

更新してるのさえ気付かず、ただただ暑さに耐えていました(~_~;)
子供のころ教科書に出てきた作家、その程度しかしらず、さきほど読んでいましたらおそくなりました、でも再読してかみくだいて読まないと(笑)
ネットで検索したら、写生紀行全文読めるんですね、すごい時代です。
by ももこ (2011-07-16 01:48) 

e-g-g

◎ももこさん
このところ月一の更新ですからね、
ひっそりやっております、暑さもしんどいですし。

さて、寺田寅彦、
>再読してかみくだいて読まないと・・・
アイタッ!心に刻んでおきましょ

そして青空文庫、
ボランティアで成り立っているんですよね、
凄いパワーです、皆さんに感謝です。
音楽でも権利関係がフリーになった演奏が、
どんどん公開されていますね、
以前だったら忘れ去られ、
消えてしまったかもしれない作品がネット上で蘇る。
なんでも手軽に手に入ってしまうことの是非は
ともかくとして、やはり貴重です。
by e-g-g (2011-07-16 10:40) 

masugi

私もこの本持っています~。一番最初が「どんぐり」
でしたっけ? 神戸の中華街のファーストフード店で
泣きながら読んでいた記憶が☆
この人の観察眼には色々と感じ入るものがありますね。
by masugi (2011-07-30 13:57) 

e-g-g

◎masugiさん
「どんぐり」は、文庫本でたったの6頁足らずなのに、
ずしんと響くものがありますね。
ただ細かいだけでなく、物語りを形づくる観察眼と思索、
そのひとつひとつが有機的に結びつき、
読む者に「ある像」を結ばせるのではないでしょうか。
by e-g-g (2011-08-01 13:46) 

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