SSブログ

『アンドリュー・ワイエス 創造への道程』 [絵の周辺と展覧会]

20081202_Wyeth.jpg

 アンドリュー・ワイエスは1974年に日本で大きな巡回展をやっている。その展覧会、友人で画家の塩沢宗馬氏には強い印象を与えたらしい。私は見た記憶はあるけれど、どうもぼんやりとしか思い出せない。

 11月の24日に『塩沢宗馬展』を見に高崎まで出かけた。四十年振りに会うのが大きな目的だった九月の個展で、私の絵ごころに点火してくれた塩沢宗馬氏の絵を、もっと見たい。作品も50点以上が展示されているという。これは出かけなければ、ということである。
 絵のあれやこれやについていろいろ話した帰り際に“ワイエスを一緒に見ようか、渋谷駅の『明日の神話』も見たいし、、、”と誘われた。

 12月2日、塩沢宗馬氏と(いや私にとっては塩沢クンだけど)渋谷で開かれている『アンドリュー・ワイエス 創造への道程』を見た。
 ワイエスといえば、精細かつ丹念に描いたテンペラ画を思い浮かべる。人気のあるいくつかの作品も、それとなく頭にインプットされている。
 今回は「創造の道程」というタイトルが示すように、1938年から1990年までの作品が展示されている。また、最終的な作品とその前段階の習作が同時に見られる。これもひとつの作品の道程だ。そして、その習作が私には面白かった。

 習作の画材は、ほとんどが鉛筆と水彩、たまにドライブラッシュ。いちばん素朴な鉛筆画の描写力は、もちろん見事だ。が、このくらいの観察眼を持った画家はたくさんいるだろう。正確さという点ではもっと優れた作家もいると思う。ただワイエスの素描には、静かにエネルギーを貯えた鋭さがある。緊張感といっても良い、とにかくぴーんと張り詰めた空気が画面の上に流れている。

 このあたり、ワイエス自身は
“・・・鉛筆はフェンシングのようで、時には射撃のようだ。今でもいざ始めようとすると、時折腕が、たいていの場合には、指先がふるえ始めるのだ”と述べている。(展覧会図録より抜粋)描くときの気持ちの高揚と切迫感を表した良い言葉だ。

 水彩で着彩する段階になると、鉛筆の線は次第に奥へ消えていく。そして、この水彩が素晴らしい。丁寧に塗り上げられたテンペラと違って、筆の勢いや絵の具の滲み、かすれ、それらが織り成す絵のダイナミズムがどきどきするような感覚を伴って目に迫ってくる。やっぱり、見て良かった!と思える瞬間だ。

 この水彩の段階で、すでに立派な最終作品ともいえる。私にはそう見える。実際、作品によっては習作の方が好きだ、というものもある。この「完成度の高い習作」を作品として発表しても、「アメリカを描く画家」として評価されたと思う。

 習作に見られる「勢い」は、最終作品のテンペラ画になると、時間が閉じ込められ、そしてきわめて硬質な印象に変わる。手や指先の運動の軌跡を心地よく残した筆の跡やダイナミクスは、フリーズドライされた生き物のように、そこに固定され表面的な運動を止める。そして、構図の練り上げ方もより周到になってくる。

 そんな印象を抱きながら、ふと、ワイエスはなぜ最後にテンペラで仕上げたのか?と、疑問が浮かぶ。
 躍動感や生命感といったものは習作の水彩の方に多く感じられる。それらを「固定」し、別の世界を示すワイエスにとっての必然とは、何なのか。もちろん、時間やその場の空気、そういったものから受ける印象を、しっかりと固定しようとする強烈な意志と技の力、それは十分に感じるけれど。

 繊細でデリケートな若い頃のワイエスの自画像を見ると、きっと物事をとことんまで突き詰めるタイプだろうな、と想像がつく。その突き詰めるプロセスがワイエスたるところと思うし、それが彼の個性なのだ。同時に、このプロセスは、他のどんな表現世界でも、きっと同じだろうとも思う。
 誰に言われるからでも無く「さらに良い(と思える)構図と色」を求めて、純粋に、自分の目で見て善かれと思える「案」を見つける作業、これはきわめて孤独な仕事なのだ。誰にも任せられない、いや任せることのできない仕事。
 比べるのもなんだけど、自分が関わっているデザインの仕事も、要は同じことだ。違うのは、才能と執念と知恵の深さ、、、

 ワイエスの才能と執念と知恵は、だれでも簡単に持てるものでは無い。でも、それを百も承知の上で“もっと、目と腕を磨け!”と今年91才になるワイエス翁から励まされたような気がする。


 展覧会はほとんどの場合、一人で見る。でもときには、絵や表現の根っこを共通の言語で話し合える友人と一緒に見るのも悪くない。 私にとっては、そういったコミュニケーションを持てる友人は、数えるほどしかいない。塩沢クンとは、この先もまた一緒に見る楽しみが待っているような気がする。


 会場から出た二人のオジサンは、静かな高揚感の余韻を楽しみながら、見たばかりのワイエスの絵について、あれこれ話し込んだ。四十年というブランクがあるのに、よくもまぁ学生時代のような真面目な話が転回するものである。おもしろい。

 この日の午前中に、新宿御苑で描いた絵も見せてもらった。相変わらず上手い、上手い。そして、そんな楽しい時間はすぐに過ぎる。二杯目のコーヒーを飲み終えたのを潮に暮れなずむ渋谷の街へ戻っていった。あぁ、良い展覧会だった。あまり混んでもいなかったし。
nice!(19)  コメント(13) 

nice! 19

コメント 13

こぎん

アンドリュー・ワイエスはよく知りませんが・・・
草原で不自由な肢体で家を目指す女性を描いたのが・・・そうですよね?
旧友と好きなジャンルを語り合える・・・
なかなか、そういう場面が、大人になると少なくなります。
e-g-gさんの幸せが伝わってきます。
とてもいい時間でしたね~。


by こぎん (2008-12-06 09:51) 

ムーミン

気心が知れたお友達と、絵を見て時間を
忘れて語り合える。
素敵な時間を過ごされたんですねー。

by ムーミン (2008-12-06 11:40) 

HEIJI

アンドリュー・ワイエス、他の方のブログで知って観に行こうかなと思ってます。これからちょっと時間もとれそうだし。
学生時代の友人と話をすると、不思議な感覚になりますね。
あの時の”続き”を話せるとちょっと幸せです。お互いにいい歳して、とか言い合いながらも。変わっていない部分は大切な部分なんだなと思ったりします。
by HEIJI (2008-12-09 23:49) 

のすけの母

私も、美術展もコンサートも映画も、基本は一人。若い頃からそうでした。
つきあいで一緒に行くこともありましたが、どうしても同伴者を気遣って、自分が心から楽しめず、悔やむことが多かったからです。
だから、そうやって心を許しあって鑑賞できるなんて、すばらしいなぁと心底感嘆しています。

サッカーは、逆に一緒に勝利を分かち合える仲間と見るのが好きなんですが!!
by のすけの母 (2008-12-10 16:44) 

e-g-g

◎こぎんさん
>草原で不自由な・・・
「クリスティーナの世界」ですね、
この展覧会にも出ていましたよ。
なんとも不思議な世界でした。

ほんとうに、
大人になると、なかなかめぐり合えない時間でした。
でも、この年齢になったからこそ持てたのかな、とも思いますね。

◎ムーミンさん
おかげさまで、良いひと時でした。
この先も大事にしていきたいものです。

◎HEIJIさん
かなり面白く、刺激的な展覧会と思いますよ、是非。

学生時代の友人というのは、ちょっと不思議な関係ですね。
付き合った時間も短いのに、
でも、きっと本音でやりあったから、
何かが通じていたのでしょうね。

◎のすけの母さん
美術展に関していえば、
そうですね~、これまでに一緒に見て良かったと思えたのは
今回を含めて二回ですね。
そもそも連れ立っていきませんし。

私はたまにラグビーを見ますけど、
これはやっぱり誰かと一緒がいいですね~
連れて行かれたほうは迷惑かもしれませんけど。

by e-g-g (2008-12-11 10:35) 

e-g-g

◎xml_xslさん

◎カフェオランジュさん

◎一真さん

◎Nicoli♪さん

◎こぼんさん

◎はじ坊さん

nice、ありがとうございます。

by e-g-g (2008-12-11 10:37) 

masa

素敵ですね~
旧友と好きなことについて語らう時間ってあっという間だったでしょうね
また、刺激になったりしてね

「目を磨け」って難しいですね~(>_<)
by masa (2008-12-14 22:38) 

e-g-g

◎masaさん
友人と私の見方や考え方は、同じところもあり、
もちろん違いもあるわけです。
そのあたりをダイレクトに突っ込める、
これは、やはり楽しいといいますか、
貴重な関係なのだな、と実感しますね。

by e-g-g (2008-12-16 06:57) 

e-g-g

◎甘党大王さん

◎mitsuさん

◎masugiさん

nice、ありがとうございます。

by e-g-g (2008-12-16 06:57) 

井上酒店

やはり学生時代に熱心になった物には、時代が過ぎ去っても熱くなれるんじゃないですかね。でもそんなe-g-gさんは素敵だと思いますよ。何かそれで変に冷めた感じだとね。まだまだ気持ちはあの頃のまま・・・って事ですよ!!
by 井上酒店 (2008-12-30 00:18) 

daland

daland です。
アンドリュー・ワイエスは、昨年新日曜美術館で取り上げてました。
知らない画家でしたので見ませんでした。
e-g-g さんのエントリーを拝見してぜひ見たいと。
なんと1月4日に再放送するようです。
こりゃぁ見逃せません。
by daland (2009-01-01 16:47) 

e-g-g

◎井上酒店さん
そうですね〜
若い頃に馴染んだものは、
体もそれなりに覚えているんでしょうね〜
でも、それへの対しかたはずいぶんと変わりますね。
ま、少しは落ち着いて取り組める、ということでしょうか。

◎dalandさん
新日曜美術館のワイエス、ご覧になりましたか?
私は、本放送、再放送ともに見逃しました。
インタビューもあったらしいので残念です。

by e-g-g (2009-01-06 23:32) 

mimimomo

こんにちは^^
何時のことだったか、アンドリューワイエス展、見に行きました~

by mimimomo (2009-02-24 12:09) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。