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馥郁たる香りの『くるみ割り人形』 [聴く・クラシック音楽]

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 上質のケーキは、素材のオリジナルな風味と抑制された甘みが溶け合っている。苺の野生の瑞々しさやクルミの苦みをコントロールしながら、そのちょっと突っかかるような酸味やコクも殺さない。そのバランスがケーキ作りの要だろう。甘いものにそれほど執着はしないけれど、ときどきそんな良質なひとつを頂きたくなる。
 チャイコフスキーのバレエ音楽はそんなとっておきのケーキに似ている。豪華さと格調、そのいっぽうで愛らしい親しみやすさをあわせ持つ。その甘みと苦みのバランスはチャイコフスキーのバレエ音楽の聴きどころでもある。

 その『くるみ割り人形』を聴く。

  オーマンディのハイライト盤、ロジェストヴェンスキーの全曲盤、この二つはLPで、ともに1963年の録音。CDでは1998年録音のゲルギエフの全曲盤、手元にあるのはこの3種類。そのなかで気持ちがいちばん動くのは、写真のロジェストヴェンスキー盤。

 体を動かすことが好きだった娘が通っていたバレエ教室、ほかのお稽古ごとと同じように定期的に発表会があった。小学二年生のときの発表会は『くるみ割り人形』だった。主役はもちろん年長のお姉さん、娘の役は、たしか小ネズミだった(かな?)。
 毎週のお稽古の送り迎え、本番間近になってのリハーサルのお供、とこれは親のお役目。そんなこんなを通して、いやでも音楽の「くるみ割り人形」に関心が湧いてくる。もちろん、以前から耳に馴染んでいる曲もあったけれど、何ヶ月ものお稽古期間を通して全曲の様子が分かると、これが面白い。
 次から次へと繰り出される曲の見事な性格の違い、ときには異国情緒を彩る各楽器の音色の美しさ、それとドラマとしてもスリルもあって、けっこう引き込まれる。なるほど、チャイコフスキーというのは達者な人だ、と思った。

 そのころ手元にあったLPがオーマンディの盤。ひとまずはこのレコードを聴いた。ただ、これは組曲盤で美味しいところは過不足無くあるけれど、やはりもの足りない。美味しいケーキを5つほど、ギュッと箱に詰めたようなものだから十分に楽しめるけれど。

 そこで買ったのがロジェストヴェンスキーの全曲盤。ソヴィエト時代のメロディア盤である。ジャケットのロシア語は模様にしか見えなかったけれど、ピントの甘い舞台の写真になんとはなしにロシア・ローカルを感じたりもした。
 オーマンディとロジェストヴェンスキー、これはこの音楽の演奏スタイルという点で対極かもしれない。これにカラヤンが加われば、きっと三点観測のようにその性格の違いが分かりやすくなるだろう。

 ともかく、半分はジャケットに惹かれて買ったこのLPが良かった。オーケストラのバランスとか、各パートの特長とか、専門的にはいろいろあるとは思うけれど、とにかくこの曲が踊りのための音楽なのだということを、しっかりと分からせてくれる。
 たぶんテンポとリズムの扱いが自然なのだろうと思う。幼かった娘も“これが踊りやすい”と話していたから、ある程度は当たっているかもしれない。まぁ、これは親の勝手な思い込み。

 宝石箱のように美しいメロディが散りばめられたハイライト盤はたんとある。カラヤン、小澤征爾、プレヴィン、ほかに誰のがあったかな?でも、私にはロジェストヴェンスキーとボリショイ劇場管弦楽団の全曲盤があれば充分である。期待して求めたゲルギエフ盤は、ちょっと前のめりのテンポが気になって一度しか聴いていない。これはいずれ、じっくりと聴いてみよう。

 そんな刷り込みがあるものだから、ロジェストヴェンスキーはいつも気になっている。シベリウスの交響曲全集、チャイコフスキーの後期交響曲集もつい買ってしまう。でも、それらの演奏からは「くるみ割り人形」の、あの馥郁として奥行きのある音楽の世界は、あまり感じられない。ともかく威勢はよいけれど。
 年代や録音条件も違うはずだから、違って当然ともいえるけれど、なんとなく別人が振っているようにも感じられる。

 ともかくロジェストヴェンスキーの『くるみ割り人形』は、抑えるところと舞踊音楽として本来持っている躍動感、このバランスのとりかたが上手いのである。このあたり、金管楽器の威勢良さが妙に目立つシベリウスなどとは、かなり趣が異なる。
 複雑な性格の持ち主でもあるチャイコフスキーの気質の多様さと、濃厚だけどどこかに透明感も漂わせるロシア的(単純にこう言って良いかどうか?)な空気感、これらを高度な職人技でブレンドしたような響きがする。
 ソヴィエト時代のボリショイ劇場がどんな様子だったかは、もちろん知らない。でも、この古いレコードから流れてくる『くるみ割り人形』の響きには、舞台の空間の広がりと、上質なヴェルベットのような音の肌触りを感じる。それは、ひとつ食べただけで人を幸せにするケーキの魔力のよう。

余談:
 調子の悪いレコードプレーヤーとカートリッジも、このロジェストヴェンスキーのくるみ割り人形を聴きたいがためになだめすかして使っている。ということは、この演奏のCDが発売されたら我がレコードプレーヤーも天寿を全うするということか、、、
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コメント 11

こぎん

きれいでメルヘンなジャケットですね。
指揮者で違いが分かるほど詳しくはないけれど、
「くるみ割り人形」はかなり好きです。
最初の出会いは「ファンタジア」です・・・
そこから進んでもいませんが・・・・^^;
by こぎん (2008-06-08 16:21) 

daland

こんばんは。
くるみ割り人形は3大の中で最後の作品で完成度は高いですね。
まさにファンタジィーの世界 !
オーマンディ盤よく聴きます。
演奏によってはロシアの雰囲気を消しているのもありますが、ロシアのテイストはチョッピリ欲しいですね。
LPとCDを両方聴けるなんて羨ましい限りです。
by daland (2008-06-08 22:41) 

e-g-g

◎こぎんさん
今日の大町自然観察園、雨模様で諦めました。
次の機会に

くるみ割り人形は、聴きやすい組曲盤がいろいろと出ていますね。
とにかくチャーミングな曲ばかりですから、
飽きずに楽しめます。
バレエとしての踊りやすさを優先させた演奏、
(要するにテンポがあまり動かない)
踊ることよりも管弦楽としての美しさを求めた演奏、
と、微妙に雰囲気は変わりますけれど。
でも、ほんとに楽しい音楽です。
おひとついかがですか?

◎dalandさん
実はオーマンディ盤、気がついたらずっと聴いてません。
たぶん25年くらいは聴いていない、、、
この機会にちょっと引っ張り出してみましょうか。

それにしてもチャイコフスキーという人は
ほんとうに美しいメロディを、
それも次から次へとつくりましたよね。
弦楽セレナードなんて聴いていると、
なんでこんなに単純な旋律で
こんなに美しいんだろう?と愕然

蛇足:見るぶんには「白鳥」がいいですね~
by e-g-g (2008-06-09 19:08) 

e-g-g

◎rararinndoさん
はじめまして。お立ち寄り、ありがとうございます。

◎HEIJI☆dさん
◎xml_xslさん
◎一真さん

nice、ありがとうございます。
by e-g-g (2008-06-09 19:11) 

masa

素敵なジャケットですね〜
絵本かと思ってしまいました!
by masa (2008-06-09 23:08) 

e-g-g

◎masaさん
ほんとうに絵本のようです。
写真なんですけれど、印刷の精度の低さが幸いしています。
CDになってからは、こんな情緒のあるジャケットは
見かけなくなりましたね。

by e-g-g (2008-06-11 17:32) 

e-g-g

◎奥津軽さん
◎デザイン屋さん
◎gillmanさん
◎sanjinsaiさん
◎甘党大王さん

お立ち寄り、ありがとうございます
by e-g-g (2008-06-11 17:35) 

e-g-g

◎カフェオランジュさん
◎ハイマンさん
◎Nicoli♪さん
◎masugiさん

nice、ありがとうございます。
by e-g-g (2008-06-18 00:51) 

e-g-g

◎井上酒店さん
お立ち寄り、ありがとうございます。
by e-g-g (2008-06-27 23:38) 

JF

こんばんは。お邪魔します。
雰囲気のあるジャケットですね。惹かれます(笑)

演奏する上で自然なテンポやリズム・・・あります!
”幼かった娘も“これが踊りやすい”と話していたから・・・”
とっても素敵な会話ですね♪

レコードプレーヤーで聴くのもまた ドキドキして いいものですよね。
はりを そーっと降ろして・・・(^^)
by JF (2009-02-20 18:42) 

e-g-g

◎JFさん
こんにちは
旧ソ連のメロディアというレコードで、
紙質も印刷もちょっと粗末な感じですが、
このジャケットは見た瞬間に買おう!と思いました。

この演奏を聴いてから、
同じ曲でも、バレエ用とコンサート用とでは
表現の仕方もずいぶんと違うものだ、と気付きました。
その意味でも、貴重なレコードです。
ただ、レコードプレーヤーがそろそろ限界で、
そろそろなんとかしないと。。。

by e-g-g (2009-02-21 14:18) 

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