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ふところぐあい [日々のデザイン]

 懐はもちろん暖かい方がよいが、ここでは文字のフトコロの話。文字の懐が見えるようになるとデザインも上手くなる、という話し。

 その昔グラフィックデザイナーは、文字を一文字ずつ描いたものである。鉛筆で、あるときは製図用のペンで、もっとさかのぼれば筆で、とにかく描いた。能率はものすごく悪かった、失敗するとその修正に膨大な時間もとられた。手仕事時代のデザイナーを象徴するような作業である。
 でも、文字のカタチは良く覚えた。描いて覚えるからそうそう簡単には忘れない。当時の非能率的な仕事も、デザイナーにとっては大切なものを教えてくれたのだ。

 文字を描く作業を独立させて「レタリング」というジャンルがあった。おもに活字書体を見習って、文字を正確に描くことである。タイポグラフィとは親戚のような関係だが、レタリングは純粋に文字のカタチを極める。
 明朝体、ゴシック体、それぞれには基本的な形の約束事がいくつもある。細かく積み重ねていくとそれだけで一冊の本が出来上がるほど。
 漢字の場合、文字を形づくる際の作法のひとつとして「永字八法」と呼ばれるものがある。もともと書道の作法である。「永」の1文字の中には、およそ漢字を構成する要素のほとんどが含まれている。それをマスターしようというものである。横棒、縦棒、右払い、左払い、、、それらを丁寧に覚える。これは良くできた作法だ。「永」をちゃんと描ければ一人前のグラフィックデザイナーになれる、とそんなに甘いものではないが、それでも、そこに含まれる「形の原理」を理解することはとても有益だ。
 英字にもさまざまな約束事がある。その字体の生まれた地域や文化、また時代背景によって、文字の形も大きく変わる。それはやはり描いて覚えるのが一番の早道である。いくら目を凝らしてみても、パソコン画面からは大雑把な違いしか分からない。

 さて、そのレタリングに強くなるにはどうすればよいか?
 答えは簡単、フトコロを見ればよいのである。もちろん、明朝体であれゴシック体であれ、文字の骨格を正しく把握する必要がある。が、その骨格も、この「フトコロ」の押さえ方で決まる。

 具体的には図の左上「あ」に破線で示したところである。このスペース=フトコロが決まれば、文字のカタチは自ずと整う。ただ、しかし、このフトコロを見るのはかなり難しい。人の目は「地」よりも「形」の方にいってしまうものである。つい「目に見える形」ばかりに気を取られ、そこにできる「空き」に目がいきにくい。この「空き」のバランスが文字のカタチを成り立たせる大事な要件なのに、なかなか見えない。
*英文の BVLGARI は、1文字ではなく単語になった場合の文字の間隔の「ふところ具合」の例。

 ではどうするか?そのバランスをどう見るか?
 ひとことでいうと「地」と「形」を反転させて見るのである。描いている最中に、文字どおり反転することはできないから、これは自分の網膜上でおこなう。なんとも、頼りない説明だが、「形」をじっと見つめ、同時に「地」を強く意識するとだんだんと見えてくる。これは、トレーニングすれば必ず出来るようになる。そうやって「地と形」の見方に慣れてくると、他の様々なこともその方法で見えてくる。図の右上は、その感覚をイメージしたもの。
 言葉を組むタイポグラフィ然り、文字関係だけでなくレイアウトも然り、である。で、この修得にはだいたい十年くらいかかる。もちろんこのセンスを先天的に持ったデザイナーもいる、これは幸せである。

 考えてみると、料理の盛りつけ、部屋のしつらえなど、この「地と形」の関係は、他の場面でもよく見られることである。文字を正確に描けて、タイポグラフィも上手くなり、デザインそのものも上達すると、必然的に料理も旨くなる!半分真実である。

 デザインの仕事にパソコンを使うようになって、文字の扱いが楽になった。入力したテキストを好みの書体に置き換えれば、キャッチフレーズもいちおうの様になる。これはグラフィックデザイナーの仕事のスタイルを革命的に変えてしまった。そんな状況の中で“レタリング”という言葉、いまは死語同然になっている。が、グラフィックデザイナーにとってはトレーニングのしがいのある宝庫である。実際に描くことで、実に多くのことを教えてくれる。さぁ、久しぶりに鉛筆を削ろう!


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コメント 14

響

僕には難しい世界です。
しかしこうやって見るときれいな字はバランスがキチンと取れてるのが
良くわかりました。
永と言う字にそんあ要素があるんですね?
永チャンはきっと字が上手いかもしれません。
by (2007-01-16 18:36) 

ちゃわ犬

何事も 基本にもどる? ですかね
大切な気がします
by ちゃわ犬 (2007-01-16 19:45) 

Montego-Blue

こんばんは。
「地と形」の関係、面白いですね。
こうやって周りに補助的な線がはいるとその空間が見えてくるので不思議です。読みやすさ読みにくさはこういうところも凄く関係しているのですね。
by Montego-Blue (2007-01-16 20:49) 

YASH

我々の仕事でも和室の造作には各部の寸法の決り事があって、それを外れるとちぐはぐな印象になってしまいます。洋間と比べて鴨居が低かろうが足元に段差があろうが、それが和室の様式美なんです。
デザインの事とは少し違うかもしれませんが、きちんと書かれた文字が和洋を問わず読みやすく美しいのは、そういう様式美みたいなものを持っているからかもしれませんね。

鉛筆、毎日ノミで削ってますよ(笑)
by YASH (2007-01-16 21:44) 

昔、学校の美術の先生がやたらとレタリングの授業をしてけっこう時の形を
覚えせられました。
おかげで、今でも定規を使って、文字を描くことあります(*^_^*)
by (2007-01-16 21:59) 

kom

以前、出版社でバイトをしたこと思い出しました。バラ打ち(ベタ打ち?)の写植をカッターで切って字間を調整したりしました。パソコンが今のようになるなんて想像もつきませんでしたね。
手作業を知らずに、パソコンだけしか使えないと、何かしら発想に制限がかかってしまうような気がしています。
by kom (2007-01-16 22:27) 

mio

レタリング懐かしいです
結構得意でしたが、アルファベットの文字間隔が等間隔でないのが難しかったのを思い出しました
うちの表札は私のレタリング、手書きですよ
それと鉛筆、私も削ってますよ
芯は長めにね(笑)
by mio (2007-01-16 22:30) 

e-g-g

みなさま
冗長かつ長い文章をお読みいただきまして、ありがとうございます。
ホントはもっと要領よくまとめればよいのですが、つい・・・

◎響さん
難しくてゴメンナサイです。でも、ふだん字を書くときも無意識のうちにバランスをとっていますよね。専門家は、そこにちょっとこだわるだけです。永字八法は意識するとけっこう面白いです。

◎murasawa さん
忘れがちですけど、基本はやっぱり大事なのでしょう。何か混乱したり上手くいかないときに、無意識も含めてけっこう基本に戻っていると思います。これを、キチンと意識して出来るのがほんとうはベターなのかと思います。でも、忘れてしまうんですよね〜

◎Montego-Blueさん
文字は、やはり読めてナンボのものですから、まずはそこがスタートでしょうね。あえて読みにくくするという高等テクニックもありますけど、使い方を間違えると悲劇です。

◎YASHさん
和室の造作の話し、興味津々です。和服の気付けとか、和食の作法とか、およそ和物については、一貫して流れる様式美がありますね。デザインはそういったところから、ものすごくたくさんのエッセンスをもらっています。消化するには、それなりの腕も要りますけど興味の尽きない世界です。というか飯の種・・・
ノミで鉛筆を削るんですか、見てみたい気がします。

◎月光さん
学校でレタリングの授業というのは珍しいのでは?きっと文字の美しさを伝えたかったのでしょうね。定規を使って描く文字は、どんな文字でしょう?

◎komaさん
写植をご存知ですか、それも切り貼りをやっておられたとは!
ベタ打ちは、やはり切って詰めないと使えませんね。あえて活版風にベタ詰めのままで、ということもありましたけど。字詰めが上手いオペレーターが打つ写植は読みやすかったですね、そういったプロも、いまはどうしたんでしょうね〜 伝統工芸にもなれず、最新の世界に上手く適応できたんでしょうか。
手作業もできて、パソコン仕事も上手くやる、この両方が出来ると良いのですが、現実は・・・

◎mioさん
和文も英文も「詰める」より「開ける」ほうが難しいです。うまく開けられれば一人前ですね。手書きの表札、mioさんならでは、と思いますよ。
by e-g-g (2007-01-16 23:16) 

mykie

こんばんは。
地と形を逆に見るのですね、良い事を教えていただきました。ありがとうございます。実はタイポグラフィは自分の最も苦手とするところでして、今日も苦労しました…。
文字のツメとかこだわると、すごく手間がかかるけれどとても読みやすく、キレイなレイアウトのものができていましたし、なるべくきっちりやれるようにしたいと思います。
写植の時代の職人さんには、ホント神業的な技術の方もいましたね。
by mykie (2007-01-17 01:52) 

umi_umi

おはよぅございます
学生の頃の美術の時間に『ポスター』描き、ってありましたね。
何が一番大変だったかって・・・ 『綺麗に大きく文字を書く』こと。
きっと、記事のようなこと教えられたんだろうけど・・・
センス無い?あたしはもぅしっちゃかめっちゃかでしたョ(笑
現在も、大きい字は勿論、普通に字を書くのも苦手です・・・
PCがあるからいけないんだーーー!(爆
by umi_umi (2007-01-17 08:02) 

e-g-g

◎mykieさん おはようございます
文字を扱うのは、詰まるところ何を伝えたいのか?これをはっきりさせることと思います。難しいですけれど、また楽しいことでもあると思います。
写植時代、「ゆる〜く詰める」とか「キレイに詰める」などと、ずいぶんと乱暴な指定もしていました。打ち上がった印画紙を見て、さすがと思うこともしばしば。あの文字を扱うセンスが消えてしまうのはモッタイナイことですね。
さて、今日もシゴト・・・

◎海さん おはようございます 東京は雨です
しっちゃかめっちゃかに描いたものの方が、勢いがあったりユニークだったりしますよ。いろいろと技術を覚えてしまうと、ちまちまと小さくまとまってしまうこともあります。とくにパソコン仕事は、失敗からの発見をしにくいですから。
by e-g-g (2007-01-17 11:00) 

mamire

こういう感覚ってやっぱりもって生まれついた才能が発揮されるものなのでしょうね。
どんなに練習しても身に付かないことのほうが多いかも。
字でも、会話でも、やっぱり、間というのは大事だと思います。
by mamire (2007-01-18 23:26) 

kokudoh

いまでも、字をつくっている職場って
あるようですね。高速道路とか、国道の案内
標識の字って、横線が一本足りなかったり、
点々が一本の棒になったりしてて、奇妙な漢字
なんですが、高速で走っていても、一瞬で認識
できるように工夫されているんですね。
どこでつくっているのかは知らないですけど、
いまだに試行錯誤というか、研究されている
みたいです。
by kokudoh (2007-01-21 22:03) 

e-g-g

◎takさん コメントをありがとうございます
 地味な分野ですけど、大事な仕事ですね。あと、携帯の液晶表示用の文字の設計、これはシャープなど、メーカーが率先して取り組んでいますね。
 でも、考えてみると例えば漢字など、異体字がたくさんあって、その数すら掴めない字もあるとか。いろいろな要求や都合に合わせて、その都度増えてしまったという歴史的背景があるのでしょうね。「今の字」も、いずれ古典になっていくのかもしれません。
by e-g-g (2007-01-21 23:22) 

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